「ミルトス友の会」第3回集い

2005年12月10日(於:デビッドデリ) 懇親会 ベン・アミー・シロニー教授と共に

日本とユダヤの興味深い接点


今回の親睦会に、特別ゲストとして、来日中のシロニー教授ご夫妻をお招きし、共に食し、親しく語り合う一時をもちました。シロニー先生との活発な質疑応答がありましたので、その一部をご紹介します。

ワインとパンを祝福するシロニー教授
【ワインとパンを祝福するシロニー教授】


◆日本とユダヤの共通点

──先生は著書などで、日本人とユダヤ人との共通点を述べておられますが、その点についてお聞きします。その共通点とは、宗教的な面でしょうか、それとも民族的な面なのでしょうか。

シロニー 宗教と民族、両方でしょうね。宗教といえば、形式的には日本は多神教と言われ、ユダヤ教は一神教と言われますから、ずいぶん違います。でも実際には、日本の多神教の背後には一神教の実体があるのではないかと、私はいつも思っているんですね。日本では八百万の神と表現されますけれども、その中には一つの神様があると私は思います。ですからそんなに矛盾じゃないです。両者ともに共通するのは「見えざる神」です。
  そして民族的には、日本もユダヤも同じ民族性を保ってきました。民族の伝統や宗教、文化などが、長い間あまり変質することなく続いています。世界を見渡せば、いろいろな古い民族もあります。たとえばエジプトや中国という民族。彼らは、実際には途中で何回も変わっていますから、今と古代では同じ民族ではありません。

  それに比べて、日本とユダヤは長い伝統を守り、自分の宗教と言葉、習慣などをしっかり保ってきました。他方で、世界の文化を吸収したりして、とてもオープンだった。そしてとても成功した。ときどき成功し過ぎた(笑)。かつて日本人は中国の文明を吸収し、ユダヤ人もいろんな文化を吸収した。そういう様々な文明や文化を吸収して輸入しても、自分の核が変わらなかった。自分たちの価値観が変わらなかったんです。それが今日まで続いているという点が、両民族の類似点だと私は思います。
  しかしその一方で、反ユダヤ主義が十九世紀以降はとても激しくなりました。今も反イスラエル運動が各地に起きています。日本も同様です。反日感情が西洋にも上がりましたし、アジアにもあります。ですから二つの民族がときどき犠牲者になりますね。これもまた共通点でしょう。

──その共通点の一つの理由として、遠い遠い昔に、ユダヤ人が日本にやって来て根付いたということは考えられますか?

シロニー そういう説があるでしょう。日猶同祖論と言いますね。たとえば秦氏がユダヤの部族だという説。もしそれが本当だったら私も嬉しいです。でも残念ながら、証拠がなかなか見つからない。それを実証する証拠も見つからないし、それを否定する証拠もないから、両方の可能性があるわけです。将来、どこかで証拠が発掘されれば幸いなことでしょうね。
  しかし、それ以上に、この両民族はお互いに何かを感じるものがあります。日本人がイスラエルに来るとき、そして私たちイスラエル人が日本に来るとき、何かを感じる。これを証明する証拠などありませんが、そう感じませんか?

──確かに、惹かれるものがありますよね。お互いを引き合う何かが。

シロニー そうそう。

和やかな雰囲気で質疑応答も活発に
【和やかな雰囲気で質疑応答も活発に】


◆歴史上の「加害者」と「被害者」

──ところで、歴史における「加害者」と「被害者」についてお尋ねします。これはいつの時代にも歴史上で問題になるテーマですが、特にヨーロッパ近代においては、ユダヤ人がずっと被害者として生きてきました。一方で、アジアの近代においては、日本人が加害者として振る舞ってきたという歴史的な評価があります。今、日本でも、その問題を巡っていろいろな説がありますけれども「歴史における被害と加害」という問題を、先生はどのようにお考えになっておられますか。

シロニー 難しい質問ですね。確かに、ユダヤ人は長い間、被害者として生きてきました。第二神殿が崩壊したとき(紀元七〇年)から、イスラエル建国(一九四八年)まで、だいたいにおいてユダヤ人は被害者でした。でも、建国以降は、加害者と被害者と両方になりました。日本でも、明治以前は加害者でもなかったし、被害者でもなかったですね。島国だったから。よその国と戦争をしなかったから。被害者の経験も蒙古襲撃が一度あったりはしましたが、例外的なことだった。

  でも明治維新以降、日本は被害者にも加害者にもなりました。どちらが多かったかは議論がありますけど、両方になった。そして終戦まで両方だった。でも終戦以降は、日本はもう加害者じゃないでしょ。時々、批判や反日感情が出て、被害者になります。イスラエルもそうでしょ。イスラエルはやむを得ず、自衛のために、時々加害者になります。ですから、イスラエル人は、日本の戦前のことを理解することができます。本当は、加害者になるつもりはなかったけれども、時々仕方なく、自己防衛のために加害者になるでしょ。

──話はずっと遡りますが、聖書に登場するヨシュアは果たして加害者だったのでしょうか? 神様の命令でしたことでしたが。

シロニー そういう歴史が、本当にあったかどうかは誰にも分からない。神武天皇もそうでしょ。神武天皇が加害者だったか被害者だったかは分からないでしょう(笑)。でもその時代は、そういう区別があまりなかったように思います。モーセもヨシュアも、神の命令でそういうことをしましたから、自分のことを加害者とは思わなかった。もちろん、他の民族にとってみれば、ユダヤの襲撃だと思ったでしょう。でも、そういう古いことを、今の言葉で説明することは難しいですね。考え方が全然違っていたのと、実際あったのかどうかが分からないから。でも、形式的には、もちろん加害者だったでしょうね。

◆ユダヤ人の定義、民族と宗教

──ユダヤ人の場合、ユダヤ教を信じている人がユダヤ人だと思いますが、もし日本人がユダヤ人のように世界に離散する運命になったら、日本人を日本人たらしめるバックボーンが何もないと思うのですが。

シロニー たとえば今の日本人がアメリカに移住した場合、時が経つと〝日本人〟ではなくなってしまうケースが多いのではないですか。顔と名前だけ日本人で、実際は日本人じゃない人がいます。日本人は、いつも自分の国にいて自国の独立を守れたから良かったんだと思います。日本には皇室という特別な伝統が続いてきましたから、宗教がそんなに必要じゃなかったんです。山本七平は「日本教」という言葉を作りました。日本教とは日本の宗教全部──キリスト教も含めて、全部合わせて、日本人の宗教のことを指します。

  しかし、日本人が「日本教」を捨てても、まだ日本人でしょ。ですから、日本人という定義は、民族的な要素が多いでしょう。ユダヤ人の定義は宗教と民族が一緒です。ユダヤ人は、他の宗教に改宗する場合は同時にユダヤ民族をやめることを意味します。そして他の宗教の人がユダヤ教に改宗すると、同時にユダヤ人にもなるわけです。これはユダヤ特有のことだと私は思います。

  ユダヤ人の定義は二つあります。一つは、ユダヤ人を母に持つ人。そしてもう一つは、ユダヤ教に改宗した人です。一般には、前者のユダヤ人のお母さんから生まれてきた人のことを言います。これは女系ですね。今、日本の皇室が問題になっているでしょ、男系か女系か。ユダヤ人は女系でつながってきています。今イスラエル人口の一割くらいは、宗教からまったく離れた生活をしています。宗教に全然興味がない。でも、彼らはれっきとしたユダヤ人です。彼らのお母さんがユダヤ人だから。

◆コーヘンの家系は男系子孫

  女系は一般のユダヤ人でのお話ですが、ユダヤ人の中でも特別な例があります。それは、祭司の家系です。彼らだけは男系なんです。お父さんがコーヘンであれば、子供もコーヘンになります。改宗した人がレビやコーヘンになることはできない。そして普通のユダヤ人もコーヘンにはなれない。

──これは日本の皇室と共通していますね。

シロニー そうです。コーヘンは、日本の皇室と同じように男系で、長い間続いていますね。とてもおもしろい現象でしょ。彼らはかつて神殿の仕事をしていたのですが、神殿は二千年前に崩壊した。それなのに、コーヘンだけは続いているんです。もし将来、第三神殿ができましたら、彼らは神殿で勤めることになります。私もコーヘンの家系ですから、将来も仕事がありますので安心です(笑)。

──コーヘンは男系で、ユダヤ人は母系であるというのは、聖書時代から定められていたんでしょうか。

シロニー いや、母系というのは、戒律としてはタルムードの時代に確立したんでしょう。それ以前は、習慣だったのでしょう。たとえばダビデ王の曾祖母はルツですが、彼女はモアブ人でした。でも多分、彼女が改宗したからユダヤ人になったんでしょう。

──エリ・コーヘン大使は以前「自分の祖先は二千六百年前からコーヘンだった」とおっしゃっていました。これは日本の皇室との共通点ですばらしいですね。

シロニー 以前、おもしろい調査がありました。世界中のコーヘン家系の血を集めてDNA鑑定したら、DNAの中に同じ要素が見つかったというのです。みんな、モーセのお兄さんであるアロンからつながっているわけです。ひょっとしたら、日本の皇室もコーヘンかもしれませんね。もし日猶同祖論が本当であれば、コーヘンの一部が日本に来て、皇室を作った。ですから神武天皇は多分コーヘンだったんでしょう(笑)。

◆日本で一神教が理解されない理由

──素朴な疑問なのですが、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教はみんな旧約聖書から発生した同じオリジンを持つ宗教であるのに、どうしていがみ合うのでしょう。

シロニー 喧嘩の中でも兄弟喧嘩が一番激しいでしょ(笑)。キリスト教とユダヤ教には共通の旧約聖書がありますが、キリスト教には新約聖書があります。イスラム教にはコーランがあります。イスラム教は旧約聖書も新約聖書も否定してコーランだけ信じます。ユダヤ人は新約聖書を否定して旧約聖書を信じます。その中で、ヤハヴェとかゴッドとかアラーとか、呼び方はそれぞれ違いますが、同じ神様だと私は思うのです。でも、一神教はお互い他の宗教を認めることができない。
  日本の場合は、神道も仏教もそうですが、他の宗教を認め、共存できます。それが一神教ではなかなか難しいのです。日本の場合は、同時に神道と仏教を信じることが大丈夫でしょ。そしてキリスト教を信じることも大丈夫かもしれません。でもキリスト教、イスラム教はできないんです。
  一神教にとっては「信じる」ということが大事な点です。イエス・キリストを信じるかどうか、あるいはムハマドが最後の預言者であることを信じるか否かが、根本的な問題です。日本で「あなたは釈迦を信じるか?」とか「天照大神を信じるか?」なんて全然たいした質問ではない。日本の場合、信じるということより、お祭りをしたり参拝をしたり、実際の行ないや方法を重要視するからです。

◆日本が中東和平の推進役に

──シロニー先生がイスラエルで、パレスチナ人にも日本のことをもっと伝えられると、より仲良くなるんじゃないですか。

シロニー 二カ月ほど前に、私はある座談会に出席しました。日本の文化庁主催で、「文化と平和」がテーマでした。文化といえば日本文化、平和といえば中近東の平和です。この座談会が奈良市の法隆寺の中で行なわれたんです。おもしろいでしょ。私はイスラエルの代表でしたが、パレスチナの代表がエルサレムのアルクッズ(アラビア語でエルサレムのこと)大学のサリ・ヌセイベ学長でした。私たちは、エルサレムで会ったことはありません。法隆寺で最初に会ったんです。

  その座談会を企画した人は、私たちが座談会の中で喧嘩すると思ったかもしれない。でも実際にはとても親しくなりまして、最後には握手しました。そして、私たちは日本の文化庁に提案したんです。日本の政府がもしエルサレムに日本文化センターを作ったら、そのセンターがパレスチナ人にもイスラエル人にも日本の文化を教えてくれる。そうすれば、双方がもっと親しくなる可能性が生まれる。そういう意味で、日本の文化が中近東の平和に貢献することができます、と。
  これが聖徳太子の法隆寺で開催されたのも象徴的でした。聖徳太子は、仏教を輸入しても日本古来の民族儀式や神道の儀式を守りました。仏教と神道の共存ができたんです。そういう平和的な共存が、中近東にも模範になれば、私は素晴らしいと思います。

イスラエルワインとイスラエル料理に舌つづみ
【イスラエルワインとイスラエル料理に舌つづみ】

ご自分の著書にサインするシロニー教授
【ご自分の著書にサインするシロニー教授】

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